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日本の阿片王 二反長音蔵とその時代

nihonnnoahennou

倉橋正直著
共栄書房刊

 第1章 ケシ栽培の普及で実業功労者

  はじめに

   1.ケシ栽培の成功がもたらしたもの

   2.ケシ栽培普及のため東奔西走

   3.福井村はケシ栽培のメッカ

   4.大阪府は阿片生産で全国一

   5.実業功労者として表彰される

   6.ケシの品種改良

   7..音蔵の生涯を時期区分

 第2章 音蔵の外地旅行

  はじめに

   1.満州へ

   2.長白県

   3.熱河省へ

   4.関東州などへ

   5.蒙彊地区へ

   6.戦争と阿片

   7.音蔵の外地旅行の意味

 第3章 阿片王二反長音蔵と帝国一日一善会

  はじめに

   1.帝国一日一善会の結成

   2.帝国一日一善会の会員など

   3.一日一善のすすめ

   4.社会福祉事業にも手を染める

   5.運動の終息

   6.戦後、反省したか

 付論1 旧厚生省の資料について

 付論2 燐酸コデインの政府専売について

  あとがき


NHKスペシャル戦争記録選「日本軍と阿片」が放送された後なので、

関心をお持ちの方も、多いかと存じます。

この番組の冒頭には、銀白色の芥子の花畑が、出てまいりました。

戦争中に、より多くの阿片を採取する目的で改良された品種であり、

DNAを保存する目的で、現在も、栽培されているのだそうです。



本書は『桜の国の少年』『大地に立つ子』 『自転車と犬』 で知られる、

童話作家で、ペンネーム二反長 半(にたんおさ なかば)氏の父で、

ケシの品種改良・栽培とその指導に、

一生をかけた二反長音蔵(にたんちょうおとぞう)の、

主に晩年を描いております。


二反長の姓は、苗字を選ぶ際、

当時、二反あった農地を少しでも増やしたいと言う願いから

先祖が名付けたのだそうです。


もともと二反長家は、大阪の福井村で、

一二を争う山林、田畑持ちでしたが、

音蔵氏が、晩年、帝国一日一膳会を結成し、

社会福祉事業に手をそめた結果、山林を手放すに至りました。


阿片王と言っても、栽培者としての日本一で、

生涯、生家のある大阪近郊の農村を離れず、

自転車で旅行し、綿服を着用し、農業を愛し従事した音蔵氏は、

自らの技術で、巨万の富を得る事はありませんでした。


栽培された阿片は、アジアの方々に多大な災厄をもたらし、

100万人の日本軍を、8年間

満州に常駐させる費用を捻出するもとになりました。

日本の阿片戦略を知る上で、興味深い一冊です。


改良されたモルヒネの含有量の多い品種の一部は、

医薬品(モルヒネ)となり、戦時下での医療にも用いられましたが、

芥子に含まれるアルカロイドの一種、燐酸コデインは、

戦前は専売制なだったのだとか・・・。

戦後は、民間の製薬会社にゆだねられたそうです。

コデインは、咳止め・鎮痛剤等の医薬品に

身近に使われておりますので、

現代の生活に無関係とも、言い切れませんね。


厚生省は、万一に備え、全国で20戸程のケシ栽培農家を、

意識的に残存させ、栽培技術・種子を保持しているそうです。

それは、戦争などで、原料阿片が途絶する可能性を

否定しきれないからだそうです。


作品中に度々、引用される、

「尊農」のペンネームで書かれた音蔵氏自作の紀行文は、

とても読み易く、日中戦争後の満州・モンゴル周辺の様子が、

ありありと描かれております。
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